東日本大震災(3・11)が起きてから14年が経ちました。自分は当時、防衛大臣の公設秘書をしていましたが、発災後、ボランティアで救援に入った先輩諸氏から、「金沢君、政治にかかわるんだったら、現場に入って直接見てくるべきだよ。」とのアドバイスを頂戴し、2か月後の5月に車に寝袋と食料、お見舞いを積みこんで、陸前高田市と気仙沼市に行ってきました。
地震と津波の破壊力は凄まじいもので、自分がここにいたら助かっていたかどうか疑問です。陸前高田の市役所は海岸に比較的近かったため、多くの職員が被災し亡くなられています。高台にある仮設の庁舎をお見舞いで訪問しましたが、対応してくれた職員の方の顔には生気がありませんでした。
輪島の災害もそうですが、大規模な地震災害の場合は、役所、消防署も被災し、市民を救援に行くのは困難です。自助、共助(ご近所で助け合う)仕組みが必要、重要であります。この経験で多くのことを学びましたが、できれば役に立たない(災害がない)ことを祈ります。(添付した写真は陸前高田市と気仙沼市の様子を自分が撮影したものです)

陸前高田市。市庁舎があったところ(地図上では)

陸前高田市。車が、、、

陸前高田。海岸に近いアパート。4階ぐらいまで波があったようです。

気仙沼。燃料タンクが燃えて火災に。地震は火災も怖いです。